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TRTやマスカーに関する我々の考え方

大半の耳鳴は、1分以内に抑えることができる。

① 短時間の作用(残抑制)
大半の耳鳴患者は、マスカー音を短時間(1分以内)提示されるだけで、いったん耳鳴を小さくすることができます(作用は数分程度)
作用は劇的で、半数近くの人は「耳鳴消失」を経験できます。
この短時間の作用をResidual Inhibition(残抑制)といいます。
② 長時間の作用(マスカー治療の作用)
大半の耳鳴患者は、マスカー音を長時間(2時間程度以上)提示されることで、長時間、耳鳴を小さくすることができます(作用は数時間以上)

これらは、本当です。
2000年前後には、日本の耳鼻咽喉科を代表する学術誌でも、複数発表されています。
例えば

(図1)Residual Inhibition(RI)テストにおける耳鳴消失時間に影響を及ぼす因子:森本ら、Audiology japan 45,2002-215,2002

世界規模では、さらに多数の発表があります。 (我々の2018年の論文でも詳しく検討しています。)

① ②は、検証云々のレベルではありません。もはや誰も否定することのできない事実です。
驚くべきことは、この重要な事実を、患者だけでなく医師すらもよく知らない、ということです。
例えば、当院を受診する患者さんは、耳鳴が消えることを誰も知りませんでした。(当院のHPを見ている方は除く)
患者さんの多くは「耳鳴は治らない」「慣れるしかない」と医師から説明されています。
そして、当院を受診し残抑制を経験すると、「信じられない。そんなこと一度も聞いたことがなかった」とびっくりされます。
医師も同様で、耳鳴を専門とする医師ですら、2017年当時(私が耳鳴研究会で発表した時)は殆ど知らないようでした。
といっても、私自身がResidual Inhibitionについて正しく知ったのが2017年だったので、とやかく言う資格はありません。(上記(森本ら、2002)の論文に出会って初めて知りました。)
Residual Inhibitionについては、日本語訳すらないようです(「残抑制」はやむを得ず私が仮に名付けました)。これだけでも、どれだけResidual Inhibitionが冷遇されていたか分かると思います。

このように誰もが耳鳴が抑制されること(特にResidual Inhibition)を知らなかったのです。

どのようにマスカー療法が封印されていったか

では、一時は期待されたマスカー療法が、どのように封印されていったかを見てみましょう。
1990年代からTRT(耳鳴再訓練治療法)という画期的な治療法が提唱され、日本にも紹介されます。
 当時、耳鳴は原因も治療法も検討すらつかない状態でした(原因が分からないのは今でも同じですが)。
 そのような時代に、初めて治療方針を示したのがTRTでした。理論を伴った治療法の登場は画期的であり、世界中に拡がっていったのです。
 TRT理論は、「脳が聴覚系のどこかに発生した異常音が不安や警戒により増幅されていくことで耳鳴が生じる」というものです。
 分かりやすい理論だったため、それはスタンダードなものとなっていきました。
「マスカー療法では、実際に耳鳴が小さくなるけれど、一時的だよね。
TRTでは耳鳴は小さくならないけれど、気にならない状態は持続的に続くので、TRTの方が優れているよね。」
この論法に多くの医師たちが賛同し、TRTが選択されるようになりました。
 (私はこの論法自体が誤りだと思いますが、詳しくは後述します。)
そのようにして、TRTが拡がる一方で、マスカー療法は徐々に忘れられていきました。
日本で発売されていたマスカーの器械である高音用TM-211H、低音用TM-11L(共にリオン社)は、それぞれ1999年、2001年に発売中止になりました(リオン社に直接確認済)。そして現在に至るまで、日本でマスカー療法を受けることは不可能のままです。 20年近く誰も行なっていないのですから、マスカー療法は過去のものとなりました。
 しかし、マスカー療法を捨て去るこの選択は正しかったのでしょうか?
 もしもTRT理論そのものが正しくなければどうでしょうか?
 TRTにはジャストロボッフという推進者がいて、治療方針がありました。
一方、マスカー療法の旗振り役は誰もいません。治療理論がないのでカウンセリングも付随していません。
不利な状態です。
もし正しい耳鳴理論が登場し、「マスカーも有用だよ」と主張したらどうでしょうか? その理論にそってマスカーが行われ、カウンセリングを併用するとよい結果がでるかも知れません。
 その場合でも、マスカーが不要だと主張できるでしょうか?
 要は、TRT理論が正しいか否かが判断の分かれ目ということになります。

***その肝心のTRT理論が充分に正しいとは言えない、ということを次から述べます。 ただし難しいので、【A】から【G】は一般の患者さんは読み飛ばしてください。 「TRT理論が十分に正しくはない」と言われてけしからんと思う人(特にTRT推進派の方々)は、じっくりと読んでください。

A:TRT理論は、科学的に完成された理論ではない。

TRT理論は、治療に応用されている唯一の耳鳴メカニズム理論です。
唯一の理論だから、「科学的に正しい」と誤解されている患者さんも多いし、医師の多くが正しいだろうと考えているようです。
 しかし、「耳鳴の原因は、まったく解っていない」ことは、世界中の全ての研究者たちの一致した考えです。
2016年以前のあらゆる国際学術誌において、耳鳴が未解明であることが記述されています。
(学術誌において、TRT理論は検証の対象にすら挙がっていません。何故かは、後述します。)
TRT理論も含めて、2016年以前の全ての耳鳴メカニズム理論が重大な矛盾をもっていることを、研究者の誰もが認めているのです。

ここで、TRTの理論(神経生理学的理論と呼ばれていますが、分かりやすくするために、ここではTRT理論と呼びます。)は、下図のように説明されています。

内耳から脳にいたる聴覚伝道路において、どこかで異常な音源が発生し、それに対する、注意、不安、警戒などの心理的な要因でどんどん大きく感じられるようになる。そしてついに耳鳴として感じられるようになる、という理論です。したがって、その治療法は、「あえてノイズの中で耳鳴を聴きながら、注意を向けないように訓練する」というものです。
TRT理論の説明として、よく挙げられる例が、「カクテルパーティー効果」です。
これは、パーティーの中で、特に聞きたい人の声に注目すれば、それだけが聞こえる作用のことです。
 それを例えとして、TRT理論では、特に不快で警戒するような小さな音を「カクテルパーティー効果」でクローズアップすることで、徐々に大きく聴こえるようになる、としています。

カクテルパーティー効果の音とは、知人の声など、「人間味」や「特徴」がいっぱいある音声です。それらのたくさんの手がかりを利用して音声を選別することは、高い情報処理理論を利用すれば可能でしょう。
(さらにカクテルパーティー効果においては、音の方向が重要な手がかりとなっていることが検証されています。)

一方で、耳鳴はその正反対です。 何の変化も特徴もありません。
 高さも音色も一定で、時間的なパターン変化がなく、音の方角もありません。
 つまり耳鳴とは、究極的になんの手がかりも特徴もない音です。(これこそが耳鳴の本質でもあります。)
このような音を環境音の中からピックアップすることは、途方も無く困難です。
TRT理論でさりげなく触れられている、この「音の選別」が、信号処理的には不可能と言えるのです。

耳鳴は、周波数以外の特徴が何も無いわけですから、周波数で選別するしか方法がありません。
唯一の方法は、バンドパスフィルターを通すことだけしょう。
図3は、ホワイトノイズ(全周波数に均一に拡がるノイズ:シャー)を、バンドパスフィルターを通過させて、バンドノイズを作る方法です。バンドノイズとは、特定の周波数帯域に限られたノイズです。バンドパスフィルター(特定の帯を通過させるフィルター)を用いればバンドノイズを作れる可能性があります。(後述しますが、容易ではありません)

それでは現在の電子技術において、このバンドパスフィルターで耳鳴生成をシュミレーションできるでしょうか?

B:電子技術で、ノイズの中から耳鳴音をピックアップできるか試してみました。

私は、耳鳴治療器を開発するために、回路設計とソフトプログラムの技術を習得しました。(いずれ詳しく掲載します。)

その過程でバンドノイズをデジタルフィルターを使って作成できるか試みました。
 例えば、この本(図4)にあるこのデバイス(図5)を用いて音を加工しています。

(図4)dsPIC基板で始めるディジタル信号処理:岩田利王 2002年 CQ出版社

(図5)左書物と並行して発売されていた基板

(図5)上書物と並行して発売されていた基板

(例えば、ホワイトノイズに、500Hz周囲のみが通過するバンドパスフィルターをかければ、500Hzのバンドノイズができる? はずです)。
はたしてこれでバンドノイズを作れたでしょうか?
残念ながら、非常に困難で私は途中であきらめました。

(図6)図4の本より抜粋

例えば、図6は、もっとも急峻なデジタルフィルターの例です。1KHzから2KHzの間にゲイン(音量)が40db下がっています(オレンジ〇)。従来のアナログフィルターでは考えられないほどの、切れ味です。
中音1000Hzまではそのままで、中音以上(2000Hz以上)の音が消失してしまいます。
しかし、これほどの凄いフィルターをもってしても、バンドノイズを作ることは困難でした。

私が作りたいバンドノイズは、500Hz, 750Hz, 1000Hz, 1500Hz, 2000Hz、、、と1オクターブ(2倍間隔)の間に2つの割合のバンドノイズです。

例えば500Hzのバンドノイズを得ようと思えば、500Hzから750Hzの中間ぐらいの600Hzくらいで消失する強烈なフィルターが必要になります。(図7)

私は、デジタルフィルターのあらゆる設定を試みながら、何度も音を重ねて頑張りました。しかし、目的のハードルはあまりに高くて断念せざるを得ませんでした。
 現在のフィルター技術においても、バンドノイズ作成は相当困難であることが分かります。

それでは、バンドノイズよりもはるかに狭い、「純音」のピックアップを考えましょう。
加齢性耳鳴は、たいてい高音のキーンという音から始まります。
「純音」(サイン波)というたった1つの周波数の音(周波数の巾がゼロ)に近いとされています。
例えば、高音(4000Hz)の耳鳴音は、4000Hzの「純音」に近いのです。
安定した音であり、半音間隔で聞き分けられる場合も少なくありません。
例えば、私は、電子ピアノで、半音間隔で自分の耳鳴を合わせることができます。
 すなわち耳鳴作成において、半音の範囲で純音をピックアップする必要があると仮定しても矛盾ではないでしょう。
バンドノイズに比べてさらに途方も無く狭い範囲のフィルターが必要となります。
 バンドノイズの場合、400-600Hz巾のバンドパスフィルターが必要でした。(図7)
半音の間隔はずっと狭く、485-515Hzの巾のフィルターが必要となります。
図7に比べて、巾を大きく拡大して表示しています。(図8)

次に図7と図8を合わせて表現しました。現実のフィルターバンドノイズのためのフィルター純音のためのフィルターの関係はおよそ図9のようになります。

現現実のフィルターは、500Hzから1000Hzの2倍の間でようやく立ち下がります(-40db)。
しかし、求められるフィルターは500Hzから515Hzと僅か1.03倍の間に-60dB以上立ち下がる必要があります。
このようなフィルターは、現在の技術からかけ離れたものです。というよりも数学的にそもそも不可能に思えます。(その道の人にとって自明ではないでしょうか? きちんとした証明は大変でしょうが。)

つまり、一般環境から、耳鳴を特定の周波数の純音としてピックアップすることは、信号処理や情報処理理論上、不可能といえます。

C:ピックアップした音の増幅率は、甚大でなければならない。

それでも、ピックアップできたとします。
当然のことですが、フィルターにより大半の音をカットするわけですから、音はとても小さくなります。そのため莫大な増幅が必要です。
私がバンドノイズを作った時の経験から、例えば、1000Hzを中心としたボヤーっとしたバンドノイズに似たものが出来たとしましょう。その場合でもやはり音量は格段に小さく、頼りない音になります。
 もともとノイズとは、なんの一貫性もない烏合の衆のようなデータの集まりです。その中で選別をかける訳ですから、残ったものは、あっちにパラパラ、こっちにパラパラと、頼りないデータが散在する感じとなります。
これらをバンドノイズらしい音に仕上げるには、この操作を繰り返し、データを何回も重ねることが必要でしょう。(図10)

純音では、バンドノイズよりもさらに細かく分割するわけですから、もっと極端になります。
ピアノの鍵盤は88鍵、各鍵盤の音に分割するとして、音量は88分の1(現実にはさらに損失が生じる)になります。
 耳鳴の場合、正常人が聴こえないレベルの音(0dB)が、うるさい音(60dB以上もめずらしくない)になるわけですから、それだけでも、ざっと100倍程度の増幅は必要となります。
88倍×100倍(細分割された分をもとの大きさに戻し、正常でも聴こえない音を60dB以上に増幅する分)という単純な掛け算を当てはめるかは議論の余地がありますが、それでもざっと100倍から数千倍という増幅が必要となります。(図11)

この莫大な増幅率で目的の半音を増幅し、一方で、となりの半音の音は完璧にシャットアウトします。
この途方も無い「フィルター+増幅器」は、現代の技術でもまったく不可能ですが、TRT理論では、これを「意識」の力で行う、としています。
意識によるフィルターがこれほど強烈で安定しているとは、私はとても信じられませんが。。 例えば、ふと考え事をしていて意識がそれた場合、この鉄壁のフィルターがずれて、隣の音がゴォーっと凄まじい音量で聴こえるのでしょうか?
私のような意志の弱い人間でも、耳鳴はずっと安定して、となりの轟音が一瞬でも聞こえる経験はありません。通常の耳鳴患者にとっても、耳鳴は「意識によってフィルターがずれる?」ようなことはありません。

ここでもカクテルパーティー効果との違いを指摘できます。
パーティーで注目している人の声が、実際に何倍にも大きくなって聴こえているでしょうか?
よくよく考えれば、心理的に大きく感じられても、物理的には何倍にも大きくなっていないことに気づくでしょう。
あるいは、関係ない別の人の話し声はシャットアウトされているでしょうか。
冷静に聴いてみると、別の人の声もちゃんと聴こえていることに気づくはずです。
耳鳴のように、目的音が何十倍にも増幅される一方で、他のノイズがシャットアウトされて、意識的に聴こうとしても聴けない状態は、カクテルパーティー効果とはまったく別の現象です。

D:仮想の強烈なフィルターでも耳鳴は作れない。

もし、このような強烈なフィルターが、実現したとすればどうでしょうか?
 「485Hz-515Hzの音を取り出し、それ以外の音をシャットアウトする」というようなフィルターを数学的に無理やり作ったとします。(作れませんが)
 しかし、それでもなお耳鳴は生成できないのです。
 自然のノイズから、485Hz-515Hzの間の音を無理やり取り出した場合、その振幅(音の大きさ)はランダムに揺れていることになります。(図12)

ノイズである以上、すべての要素がランダムになります。とりだした音の大きさもランダムに変化します。もし一定ならばそれは作為的な音です。
一方、通常の耳鳴は一定の大きさです。耳鳴のように安定した音は、ノイズから選んで出現することはあり得ません。つまり、純粋なノイズからどのように選別しても、もともと耳鳴としての確固たる音がなければ、耳鳴は出てこないのです。

図13のように、周辺のノイズからくっきりと突出して大きく一定の音量の音がなければなりません。これは、非常に大きな課題です。TRT理論では、耳鳴の元になる音源が、内耳から脳にいたる「どこか」に存在すると主張しています。しかし、このように「くっきりとして安定な音源」が、どこにどのような形で生じるのでしょうか。

耳鳴は難聴の周波数帯域に起こります。安定した音ですが、長い時間の間にはある程度変化します。
「くっきりした音源」は、その都度移動するのでしょうか?
正常者でも静寂下で5分以内に耳鳴が出現しますが、そのような場合、どこに音源が立ち上がるのでしょうか?証拠を示せとまでは言いませんが、せめて、理論的な可能性くらいは論じられてもいいはずです。
 この「くっきりした音源」に関する論文を探していますが、未だに見つかりません。

E:超能力的な感知能力をもつ耳鳴患者がどうして難聴なのか?

微小な音をピックアップして増幅することが途方も無く大変であることを説明しました。
まさに、超能力という表現では足りないほどの能力です。
このずば抜けた音感度をもつ耳鳴患者がどうして難聴なのか?
正常人でさえ聴こえない音を、うるさいくらい大きく増幅する能力があるわけです。
それにもかかわらず、その周波数において難聴であるという事実がどのように共存するのでしょうか?
 図15で考えて見ましょう。

もし、通常の聴覚伝達路の中に、そのような一部の周波数帯域だけを100倍から数千倍で増幅するフィルターがかかるとします。
そこにその周波数の外部音が加わると、大変な音量となって聴覚が破壊されてしまうでしょう。
しかし、実際の耳鳴患者でそのようなことが起こったと聞いたことはありません。
そうすると、これらの増幅回路は、通常の伝達路から外れたところになければなりません。
図16のようなバイパスが必要となります。耳鳴の音が変化するたびに、別のバイパスと音源が作られることになります。

そのような正常な聴覚伝導路と隔離されたバイパスとは、どこにできるのでしょうか?
難聴が重度になり、広い周波数で障害が起こると、それに応じて広範な耳鳴が生じえます。
例えば、ゴォー、ザー、ジャジャジャーン、などとあらゆる音を含んだ轟音としての耳鳴が生じえます。
それら、すべての周波数に対して、バイパスが生じるのでしょうか?
あらゆる耳鳴に対して、それぞれに「くっきりした音源」が生じるのでしょうか?

F:無響室で大半の正常者が、5分で耳鳴を感じる。

正常者が無響室に入ると、大半の人が5分で耳鳴を感じることが分かっています。
TRT理論にあてはめれば、大半の人が、意識の力により環境音から特定の音だけを5分間で何十倍にも増幅して感じることができることになります。あなたは1度でも経験したことがあるでしょうか?
例えば、ノイズを聴いて5分の間にその中の特定の音を何十倍にも大きく感じることができるでしょうか?
 大半の人が、このような超能力を持つわけですから、あなたもきっと一度くらいはあるはずです。
 「TRT理論は頭の内部の音を対象にしているので外部音には当てはまらない。」と反論されるかも知れません。
 しかし、TRT理論では外部音と内部音の違いがどうなのかも明確ではありません。

G:TRT理論のシステムが、何故、人間に必要なのか。

TRT理論において求められる、「ある音をピックアップして増幅する」というシステムが、特別なバイパス構造や、演算処理のための莫大なエネルギーを要する、途方もないシステムであることを説明しました。
 それでは、いったい何のためにこのような回りくどいシステムが必要なのでしょうか?
 なんらかの必然性や、有益性があるのでしょうか?
あまりにも無駄の多いシステムが存在すること自体が、不自然です。
 翻って、我々のPUモデル(我々の論文で述べた知覚更新モデル)は、とてもシンプルです。
 音楽や映像において、MP3やJPEGなどの圧縮技術が不可欠であるのと同じ理由で、脳も情報圧縮を行うことが必然だからです。
そして、そのエラーとして幻覚が生じることも、ごく必然の結果として説明できます。

TRT理論は、治療方法としては有用である。

今まで長々と「TRT理論が科学的に完成されたものではない」ことを説明してきました。
しかし、私は決してTRTの治療方法そのものを否定しているわけではありません。むしろ、私のクリニックでもTRTを取り入れています。耳鳴を気にしないようにカウンセリングするTRTの方法は、有益だからです。
 私は、TRTを非難しているのでなく、「TRT理論を絶対視してマスカーを否定する考え方」を非難しているのです。
 TRT理論は、マスカーなど他の音響療法を否定するだけの科学的な根拠をもっていません。
 TRT理論による意識のみの説明では限界があり、図17のような大きなブラックボックスが想定されます。

もう一度振り返りましょう。
 音をピックアップするためには、音に「特徴」、「方向」、「変化」があることが重要で、ピックアップした音を大音量まで増幅することは、非常に困難でした。
耳鳴音は「特徴がない」「方向がない」「安定している」「大音量になりうる」という性質を持ち、ピックアップできるカクテルパーティー効果と対極的なものです。
 つまりTRT理論を情報処理でシュミレーションすることは、不可能なのです。
「情報処理上で不可能であっても関係ない、脳は別だ」と反論されるかも知れませんが、聴覚システムはカクテルパーティー効果も含めて基本的に情報処理でシュミレーションが可能です。

PUモデルはTRT理論と逆で、「ピックアップするものが消失して背景因子だけになった時、その背景因子がずれている状態、それこそが耳鳴だ。」と主張しています。(論文では、背景因子を「積分定数」と表現しています。)
 耳鳴の性質である「特徴がない」「方向がない」「安定している」「大音量になりうる」とは、まさしく背景因子の特徴だといえます。

 TRT理論において欠落したブラックボックスには、PUモデルのようなシステムがあると考えるべきです。

そして、その中には、長時間のマスカー作用やResidual inhibitionが含まれているでしょう。
 TRTはそのブラックボックスを避けて、意識の問題のみに焦点を絞っています。
 患者さんにカウンセリングする場合、分かりやすい理論の方が良い場合も多いでしょう。その意味でTRTの方法は、決して間違ったものと言えません。
しかし、だからといって、未解明の領域のマスカー作用を否定するべきではありません。
 治療者たちは、その誤りに気づくべきです。

TRTとマスカー療法は、公平に評価されていない。

「マスカー療法は、すぐ耳鳴が小さくなるけれど、一時的作用である。
TRTによって耳鳴は小さくならないけれど、気にならない状態は持続的に続く。
だから、TRTの方が優れている」と評価されてきたことを述べました。
 しかし、この論法自体に大きな矛盾があります。
表にしてみました。

  実際の耳鳴音量
(一時的)
背景理論 カウンセリング
(気にしないように誘導)
気にならない状態への誘導 実際の耳鳴音量
(永続的)
マスカー療法 小さくなる なし なし 作用は不明 変化なし?
TRT 変化なし あり あり 気にならなくなる 変化なし

「マスカー療法において、永続的に耳鳴が軽減しないこと」と、「TRTにおいて耳鳴が気にならなくなること」がどうして比較されるのか?
 「耳鳴の軽減」で比較するなら、両者とも「一時的な耳鳴の軽減」または「永続的な耳鳴の軽減」をもってなされるべきです。
 「気にならない」で比較するなら、両者とも同条件でカウンセリングを実行した上で比較するべきです。

不幸にもマスカーのメカニズムが不明だったために、マスカー療法には治療理論もカウンセリングもありませんでした。いわば、患者さんは放置された状態です。
一方で、TRTにおいては、一貫した治療方針のもとカウンセリングが行われます。
例え真実であろうとなかろうと、懇切丁寧に「気にしないことの重要性」を説明されれば、患者さんは多少なりとも、気にしなくなるでしょう。
 私も、指導だけで心が救われた、という患者さんをたくさん経験しています。
  「気にならない」で比較するならば、マスカー療法にも治療理論とカウンセリングを用意し、実行した上で比較しなければ、不公平であることは自明です。

今回、PUモデルは、マスカーやResidual Inhibitionに対して、具体的な理論をもたらしました。そして、TRT理論と一転して、これらが有意義なものであることを示しています。
PUモデルにそって、マスカーやResidual Inhibitionを用いて耳鳴音量を制御し、思い通りに耳鳴を小さくできることを経験させながらカウンセリングを行えばどうでしょうか?
表のマスカー療法の 赤字の なし  なし が あり  あり に変わります。
「気にならなくなる」の 作用は不明 は、TRT以上に作用がある となる感触を我々は持っています。
 そもそも、一時的ではあれ劇的に耳鳴を軽減するマスカー療法が、耳鳴をまったく軽減できないTRTに対して、どうして無意味なのかは理解に苦しみます。少なくとも、患者目線ではありません。

痛み抑制と同様に、耳鳴抑制も立派な医療である。

頭痛に対して鎮痛剤を用いることはごく普通です。
立派な医療行為であることを否定する人は少数でしょう。
しかし、耳鳴に対して、医療者は耳鳴抑制をまったく行いません。
TRT理論にそって「ノイズを聴きながら慣れるようにしなさい」、というのが一般的です。
例えてみると「別の痛みを与えて馴れさせる」ことになります。
頭痛患者に対して頬をつねって「痛いでしょ? この痛みに注意を向けて、頭痛が気にならなくしましょう。」と言われたらどうでしょうか?
 そのような医師はさすがにいないと思います。しかし、耳鳴に対しては、耳鼻咽喉科医の多くが慣れるしかないと説明しています。
 即効で抑える方法があるのにも関わらず。。。
 心頭滅却すれば火もまた涼し。**心身を鍛えれば、どんな苦痛でも耐えることができる**というコトワザの世界です。
しかし、我慢を強いるだけならば、それは医療の放棄ではないでしょうか?

頭痛と耳鳴は共通点がたくさんあります。表にしてみました。
  どちらも苦痛は他人には見えません。時に耐えがたく大きくなります。
異なる点は、頭痛は誰しも苦痛を共感できますが、耳鳴はそうではありません。この違いが、耳鳴に対する冷淡な所業の原因かもしれません。

  脳に起こる他人には見えない苦痛 原因 苦痛緩和 他者からの共感
頭痛 一部不明 鎮痛剤 共感される
耳鳴 不明 行われていない 少なくとも多くの医師は充分に共感していない

ここで重要なことは、「大半の患者に即効性で耳鳴を抑える方法がある」ということです。
しかも、この事実を医師自身が知らず、患者にも提示できない、ということです。

つんざくような耳鳴の苦痛が判るでしょうか?
多くの医師は知らないはずです。
「耳鳴抑制は一時的だから、無意味」と医療側は説明します。
とんでもない。 つんざくような耳鳴をすぐ抑制することは、患者にとって心の救いです。
医師は、患者に対して、耳鳴について理解し学ぶことを求めます。
しかし、私は患者としていいます。
医師の方も、患者の声をきき、苦しみを理解するべきである、と。
まず、患者に耳鳴抑制を実感してもらい、患者に選択する機会を与えるべきです。
医師がポリシーを前面にだすだけではいけません。

TRTに長所はたくさんある。しかし、マスカーにも長所はある。

以上、延々とTRT理論に否定的な記述をしてきました。
しかし、何度も繰り返すように、「TRT理論」が未完成であっても「TRTの治療方法」は有益です。
TRTの治療方法の有効性は、PUモデルでも説明することができます。
耳鳴の治療には、聴覚障害域の音を負荷することが必要なのであって、TRTにおけるホワイトノイズによって、万人に必要な音を提示できます。必要とされる音がずれても、無難に治療音を負荷することができる、まさにホワイトノイズは便利な音なのです。この方法により、スタンダードな治療法を成立できたとも言えるでしょう。
 私のクリニックでも多用しているように、TRTと補聴器を組み合わせて改善する耳鳴患者は少なくありません。
 しかし、一方で全ての耳鳴患者がTRTのみで改善するわけではないのです。
ホワイトノイズは、無難な音ですが、妥当な音とは限りません。
例えば私の場合、つんざくような耳鳴でも、妥当なバンドノイズによって直ちにコントロール可能です。
これが、マスカーです。
この感覚は、他に変えがたいものがあります。自分の意志で耳鳴をコントロールできるということ自体が、よりよいカウンセリング作用をもたらすでしょう。
ただし、人によっては、耳鳴のコントロールに意識が奪われすぎて、かえって耳鳴に注意を向けて翻弄される場合もあります。
 融通の効かないTRTの方が無難な人も多いでしょう。
このようなことを踏まえて、我々のめざす治療は、旧来のマスカー療法ではなく、色々な提示音の変化や組み合わせにより、徐々に耳鳴が気にならなくなるようなプログラムを組むこととなります。

未完成なTRTの理論に捉われず、また、旧来のマスカー療法にもこだわらず、「正しい耳鳴メカニズム理論」にそって治療を組み立てることこそが重要だと考えます。